浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)648号 判決 1984年2月24日
原告
鳥丸博
右訴訟代理人
中野智明
被告
清宮昇
同
清宮久子
右両名訴訟代理人
伊沢安夫
佐々木敏雄
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自原告に対し、金三六五万七一五〇円及びこれに対する昭和五五年四月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告清宮昇は、株式会社鳳陽物産に対し、別紙物件目録記載(一)の物件について浦和地方法務局大宮支局昭和五五年三月二二日受付第九九〇三号の、同目録記載(二)の物件について同支局前同日受付第九九〇四号の各被告清宮昇持分の根抵当権設定仮登記の本登記手続をせよ。
3 被告清宮昇は、株式会社鳳陽物産に対し、別紙物件目録(一)、(二)記載の不動産について、別紙根抵当権目録記載の根抵当権の、昭和五五年三月二六日元本確定を原因とする根抵当権元本確定登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第1、4項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
(民法四六五条一項、四四二条に基づく連帯保証人に対する求償請求)
1 訴外丸善建設株式会社(以下「丸善建設」という。)は、昭和五四年六月二〇日から昭和五五年三月一〇日までの間に、訴外株式会社鳳陽物産(以下「鳳陽物産」という。)から数回にわたり金銭を借り受け、その残債務額は、昭和五五年三月一七日までに五〇〇万円となつた。
2 丸善建設と鳳陽物産は、昭和五五年三月一七日、右同日における借受金債務をもつて、次のとおり消費貸借の目的とすることを約した。
(一) 金額 五〇〇万円
(二) 利息 年一五パーセント
(三) 弁済期 元本及び利息とも同年三月三一日
(四) 遅延損害金 年三〇パーセント
3 訴外小川米夫は、被告らを代理して、昭和五五年三月一七日ころ、鳳陽物産に対し、丸善建設の前記債務を連帯保証した(以下「本件連帯保証債務」という。)。
また、小川米夫は、被告清宮昇(以下「被告昇」という。)を代理して、同月二一日、鳳陽物産との間で、丸善建設の前記債務の担保として別紙物件目録記載(一)、(二)の不動産(以下「本件不動産」という。)について別紙根抵当権目録記載の内容の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)設定契約を締結し、請求の趣旨第2項記載の根抵当権設定仮登記手続を了した(以下、連帯保証契約と根抵当権設定契約とを合わせて、「本件各契約」という。)。
(一) 被告らは、いずれも、昭和五四年六月二〇日ころ、小川米夫に対し、本件各契約を締結する代理権を授与した。
(二) 仮に、小川米夫に代理権がなかつたとしても、被告らは、昭和五五年三月二八日ころ、鳳陽物産に対し、小川米夫の右無権代理行為を追認する旨の意思表示をした。
(三) 仮に、(一)、(二)の各事実が認められないとしても、小川米夫には、被告昇について、次のとおり、民法一一〇条及び一一二条の表見代理が成立する。
すなわち、
(1) 被告昇は、昭和五四年二月ころ、小川米夫が同栄信用金庫から融資を受ける際、右借受金債務について同金庫に対し連帯保証することを承諾し、小川米夫に対し、その連帯保証契約を締結する代理権を授与した。
(2) また、被告昇は、昭和五四年一〇月ころ、小川米夫に対し、同被告所有の茨城県北相馬郡守谷町字堤外一四八九番一所在の原野四六六平方メートル(以下「取手の土地」という。)を売却する代理権を授与した。
(3) 鳳陽物産は、本件各契約を締結する際、小川米夫に代理権があるものと信じたが、同会社には、同人の右行為が代理権の範囲内であると信ずる次の正当理由がある。
(イ) 小川米夫は、本件各契約の締結に際し、鳳陽物産に対し、被告昇の印鑑証明書、委任状及び実印を示した。
(ロ) 小川米夫は、被告昇の義理の息子である。
4 原告は、昭和五五年三月二七日、鳳陽物産に対し、丸善建設の同会社に対する前記債務を連帯保証し、同年四月八日、鳳陽物産に対し、右連帯保証債務の履行として、三六五万七一五〇円を支払つた。
5 従つて、原告は、民法四六五条二項、四四二条に基づき、連帯保証人である被告らに対し、右同額の求償権を有する。
(委任事務処理費用請求)
6(一) 原告は、昭和五五年三月二六日、被告らから、同人らの鳳陽物産に対する本件連帯保証債務の弁済事務の委任を受けて承諾し、これに基づき、同年四月八日、鳳陽物産に対し、三六五万七一五〇円を支払つた。
(二) 仮に本件連帯保証債務が成立していないとしても、原告は、右同日、被告らから、丸善建設の鳳陽物産に対する前記2の債務の弁済事務について委任を受けて承諾し、これに基づき、右金員を支払つたものである。
従つて、原告は、民法六五〇条一項に基づき、被告らに対し、右同額の委任事務処理費用償還請求権を有する。
その事情は、次のとおりである。
(三) 丸善建設は、昭和五五年三月二六日、二回目の手形不渡を出して倒産した。
(四) 原告は、被告らから、右同日、丸善建設の鳳陽物産に対する前記債務について、被告らを代理して、鳳陽物産との間で、
(1) 被告らは、昭和五五年三月二八日に五〇万円、同年四月七日に三六五万七一五〇円を支払う。
(2) これにより、鳳陽物産は被告らに対する取立行為を中止する。
以上の合意を成立させて欲しいとの依頼を受け、これを承諾した。
(五) 原告は、右同日、鳳陽物産との間で、被告らが前記残債務四一五万七一五〇円を同年四月一〇日までに支払い、鳳陽物産は被告らに対する取立行為を中止する旨の合意をし、その際、鳳陽物産の要求により、原告は、鳳陽物産に対し、被告らの支払を保証する旨約した。
(六) ところが、同月二七日、被告らは、原告に対し、「金の工面がつかないので立替えて欲しい。」と申し込んできた。
(七) そこで、原告は、やむなくこれに応じ、同年四月八日、鳳陽物産に対し、前記債務のうち同日における残金三六五万七一五〇円を支払つた。(事務管理に基づく費用償還請求)
7 仮に、以上の事実が認められないとしても、原告は鳳陽物産に対し、被告らのための弁済事務として三六五万七一五〇円を支払つたのであり、かつ、被告らは、これにより鳳陽物産に対する同額の連帯保証債務を免れたのであるから、原告の支払は、被告らにとつて有益な費用の支出である。
(根抵当権設定仮登記に基づく本登記手続及び元本確定登記手続請求)
8 丸善建設は、昭和五五年三月二六日、二回目の手形不渡を出して倒産したので、遅くとも同日には鳳陽物産との取引が終了し、同日をもつて、本件根抵当権の元本が確定した。
右同日の元本は四一五万七一五〇円であつたが、その後、被告らがこのうち五〇万円を支払つたので、残元本は三六五万七一五〇円となる。
原告は、前記4で述べたとおり、連帯保証人であるから、弁済をなすにつき正当の利益を有するところ、同年四月八日、鳳陽物産に対し、右残元本を支払つたので、鳳陽物産の被告昇に対する本件根抵当権に代位した。
9 原告が本件根抵当権を実行するためには、
(一) 本件根抵当権の前記仮登記を本登記に改める手続をし、
(二) 本件根抵当権の元本確定登記手続をし、
(三) 本件根抵当権について、鳳陽物産から原告に対する移転の附記登記手続を経由する必要がある。
10 よつて、原告は、被告ら各自に対し、金三六五万七一五〇円とこれに対する原告の支払日の翌日である昭和五五年四月九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告昇に対し、鳳陽物産に代位して、本件根抵当権設定仮登記の本登記手続及び本件根抵当権元本確定登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する認否<以下、省略>
理由
一民法四六五条一項、四四二条に基づく連帯保証人に対する求償請求について
1 請求原因1及び2の各事実は、成立に争いのない甲第一号証及び証人米本和嘉の証言により認めることができる。
2 同3の事実(本件連帯保証債務の成立)について
(一) 冒頭の事実のうち、連帯保証契約締結の事実は、証人米本和嘉の証言により認めることができる。
(二) (一)の事実は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。
なお、被告らの氏名押印部分のある甲第七号証(委任状)は、被告昇及び同久子各本人尋問の結果に照らすと、被告らの意思で自署捺印したものではなく、小川米夫があらかじめ所持していた被告らの実印を使用して、無断で作成したものであることを認めることができるから、これを採用することはできない。
従つて、また、右委任状によつて作成の嘱託がなされた甲第一号証(公正証書)中被告らと鳳陽物産との間の連帯保証契約締結の記載のある部分も、これを採用することができない。
(三) (二)の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
なお、被告昇及び同久子各本人尋問の結果によると、久子は、昭和五五年三月二八日ころ、小川米夫の妻ミョ子から、「丸善建設の借金をいくらかでも返さないと、鳳陽物産が本件不動産を処分してしまう。いくらかでも返済金を貸して欲しい。」と懇請され、やむなく五〇万円を用意してミョ子に渡し、当日のうちに、二人で鳳陽物産に赴き、五〇万円を支払つた事実を認めることができる。
しかしながら、右の事実関係によつても、被告らが、自己の連帯保証債務の弁済として支払つたものと認めることはできない。
むしろ、後記認定3(一)の事実も合わせて考えると、被告らは、あくまでも、連帯保証人としての責任を認めない態度をとりつつも、当面、鳳陽物産による本件不動産の担保権実行を回避するため、丸善建設に対し、同会社の債務の内入弁済金を援助したものとみるのが相当である。
従つて、前記事実関係をもつて、被告らの追認の意思表示があつたものと考えることはできない。
(四) (三)の主張について検討するに、原告の表見代理の主張は、民法一一〇条及び一一二条の重複適用を求めるものである。
従つて、代理行為の相手方としては、従前の代理権の存在を知つていたこと及びその消滅後の越権代理行為につき代理権ありと誤信したことを主張しなければならないものと解すべきである。
しかしながら、原告は、右の事実を何ら主張しないのであるから、主張自体失当というほかない。
3 従つて、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
二委任事務処理費用償還請求について
1 前記認定一1の事実と同旨。
2 請求原因6(一)の主張は、被告らの連帯保証債務の成立を前提とするが、これが認められないことは前述したとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
3 同6(二)の事実(委任契約の成立)について
(一) <証拠>によれば、被告らは、丸善建設が倒産した昭和五五年三月一七日ころから、鳳陽物産の執拗な催促と本件根抵当権を実行する旨の申し入れに困惑し、同月二七日ころまでに、原告を通じ、丸善建設の債務を一部弁済するので、本件根抵当権の実行は控えて欧しい旨交渉をしたが、その際、被告らとしては、あくまでも、本件各契約は小川米夫が被告らに無断で締結したもので、被告らとは無関係であるとの態度を示していたことを認めることができる。
しかしながら、本件全証拠によつても、それ以上に、原告に対し、丸善建設の債務の弁済事務を委任したことを認めることはできない。
(二) 従つて、原告のこの点に関する主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
三事務管理費用償還請求について
原告の主張は、本件連帯保証債務の成立を前提とするのであつて、これが認められないことは前述のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
四根抵当権設定仮登記に基づく本登記手続及び元本確定登記手続請求について
1 前記認定一1の事実と同旨。
2 請求原因3の冒頭後段の事実(根抵当権設定契約)は、<証拠>により認めることができる。
3 同3(一)の事実を認めるに足りる証拠がないことは、前記一2(二)で述べたとおりである。
なお、被告昇の氏名押印(名下の印影が被告の印章によるものであることは、被告らの認めるところである。)のある甲第一六号証は、被告昇本人尋問の結果に照らすと、被告昇の意思で自署捺印したものではなく、小川米夫が被告昇の実印を使用して、無断で作成したものであると認めることができるから、これを採用することはできない。
4 同3(二)の事実を認めるに足りる証拠がないことは前記一2(三)で述べたとおりである。
5 同3(三)の主張自体が失当であることは、前記一2(四)で述べたとおりである。
6 以上によれば、被告らが本件根抵当権を設定したことを認めることはできず、原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
7 なお、付言して、元本確定後の根抵当権の被担保債務を代位弁済した者が根抵当権者に代位して元本確定登記手続請求権を行使することの法律的可否について検討する。もし、これが不能であれば、原告の主張自体失当だからである。
(一) 根抵当権の確定元本の代位弁済がなされたときは、代位弁済者が根抵当権者から根抵当権の移転登記を受ける前提として、登記簿上元本の確定が明らかでない限り、当該根抵当権の元本確定登記がなされていることを必要とする。
(二) ところで、元本確定登記は、根抵当権者を登記義務者、設定者を登記権利者として申請するものとされている(昭和四六年一〇月四日民事甲第三二三〇号法務省民事局長通達参照)けれども、これは、通常元本の確定が根抵当権設定者の利益に属することを前提とした取扱いにすぎず、これをもつて、一般に根抵当権の元本確定登記の場合における不動産登記法二六条、二七条の登記権利者の解釈を限定したものと解するのは相当でない。
(三) 根抵当権の元本確定は、根抵当権の内容に変更をもたらすものであるから、物権変動の一態様と考えられるが、物権変動の当事者は、実体と登記を符号させるため、相互に他方に対し、登記請求権を有し、登記協力義務を負うのが当然である。
不動産登記法二七条にいう登記権利者とは、このような意味での登記請求権を有する者をも含むものというべきであつて、根抵当権者としても、代位弁済に伴う根抵当権移転登記をする前提として、元本確定登記をする必要があるから、同法にいう登記権利者に該たるものと解すべきである。
(四) そうすると、代位弁済者としては、民法四二三条の規定により、根抵当権移転登記請求権を保全するため、根抵当権者に代位して元本確定登記請求権を行使することができるものというべきである。
五結論
よつて、原告の本訴請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(菅野孝久 加藤一隆 坂部利夫)
物件目録<省略>